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2006年06月07日

Surprise その6

サプライズサプライズ
ポール・サイモン


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1990年8月、経済の行き詰まりを背景に石油問題でごたごたしたイラクがクウェートに侵攻したとき、僕は高校生で授業中だった。隣に座っていた女の子が「戦争が始まった」と囁いてきた。彼女の耳にはイヤフォンが机の下の小型ラジオからのびていた。ベトナム戦争のときにも生まれてないから、あのアメリカが戦争を起こすなんて世界はどうなってしまうんだろうと恐怖したのを覚えている。後に「湾岸戦争」とよばれるこの戦争を指揮していたのはジョージ・ブッシュ大統領だった。「ミサイルが飛んでるらしいよ」と、彼女は言った。

2001年9月11日、会社の寮で一人テレビを見ていた僕は、ブラウン管に写されているライブ映像がとても現実のものとは思えなかった。飛行機が次々とアメリカの象徴とされる建物に激突していく。誰が何をしてようとしているのか、全く理解できず、一睡も出来なかった。アメリカ留学時代にワールドトレードセンタービルでとった記念写真がある。その写真の背景に映っていたものすべてが、もうないのである。アメリカはまずアフガニスタンをアルカイダ撲滅の旗印の下に侵攻し、つづいて大量破壊兵器を持っているとしてイラクに戦争を仕掛けた。これを指揮したのは、息子のほうのジョージ・ブッシュ大統領だった。

ポール自身が語っているようにこのアルバムは、アメリカ同時多発テロ、いわゆる9.11や、それによるジョージ・ブッシュ政権下の右翼化したアメリカを背景に生まれている。Wartime Prayerはそんな戦時下の狂気を静かに、しかし力強く警告している。


ジョージ・ブッシュ親子はもともとあの訛りの強い英語で分かるとおり、テキサスに地盤を置いている。父ブッシュは全米ライフル協会の会員だし、親子共に石油産業とゆかりが深い。だいたい石油・軍需産業・マフィア・南部とそろってしまうと、これだけでアメリカの近代史は動いてきてたといっても過言ではないのだ。ケネディ暗殺もしかり、ベトナム戦争もしかり、公民権運動に対する弾圧、すべてこういう黒幕が動いている。困ったことにこういう権力はマスコミをあやつることが出来る。何を信じるかを、個人が見極めるのは非常に難しくなってくる。

そこにポールは気づいている。祈りのような穏やかなイントロ。

Prayers offered in times of peace are silent conversations,
Appeals for love or love's release
平和な時代に捧げられる祈りは静かな対話
愛を求め、愛を与える


"times"と複数形になるときはたいてい、時代とか時期とか、一定の形を持った時間をさすことが多い。平和な時期には、祈りを捧げるということは愛を求め、与えることであった。このあとに付け加えられている"invocation"という単語も宗教的な響きのあることばで、神に対する祈りの言葉のことだ。

ところが今は、すべてが変わってしまった。

Gone like a memory from the day before the fires

"the fires"と複数形になっているということは、これが戦火であろうが戦いのことであろうが、アメリカ人にとってはイラクや中東をめぐる複数の戦争のことを意味していて、それらは米国民にとっての共通認識となっていることが"the"から伺える。そして"the day"のほうの"the"は、決まった前日を意味する。その戦火が上がった日の前日。『それらの戦争が始まった日以前の記憶のように無くなってしまった』ということ。なくなってしまった記憶はなんなのだか思い出せないし、どの記憶を指してもいい不特定な記憶なわけだから、ここは"the"ではなくて"a memory"になっている。

People hungry for the voice of God
Hear lunatics and liars
神の声に飢えた人々は狂気や嘘を聞き入れる

9.11で家族・親友を失った人々や愛国心に燃える人々は、頭の中で勝手に「神の声」を作り出してしまった。それがブッシュ政権を後押ししたといって言い。なにしろブッシュ政権はイラク戦争を押し進めておきながら2期目も当選しているのだから。誰もが、彼の言うことはおかしいと言っていて、ラジオでもテレビでも国内でも海外からも、反ブッシュの声が聞こえてきていたはずなのに、サイレント・マジョリティはブッシュを支持していたわけ。そのアメリカを憂いた一文がこれなのだろう。

曲はここからジェシー・ディクソン・シンガーズのコーラスが加わってゴスペル色の強い荘厳な展開を見せる。

Wartime prayers, wartime prayers
In every language spoken,
For every family scattered and broken.
戦時下の祈りは
あらゆる言語で
ばらばらになった家族に語りかける


何回も聴いていると、このフレーズが頭に残るのだが、実はこのフレーズは曲中でここで一回しか歌われてない。再びwartime prayersという言葉が登場するのは一番最後の一文だ。これはどういうことだろうか。

まず、ポールは『戦時下の祈り』を肯定できないものとして定義している。冒頭の平和のときの祈りと対比されるべきもので、そこに愛はない。だから曲の主題は曲のタイトルが示すような祈りそのものなのでなくて、本来の「静かな対話と愛」を求める姿勢を取り戻すことにおかれている。そしてもうひとつには、最後の場面で現実を突きつけるという、劇的な効果を狙っているのである。

いずれにせよ、ポールはリフレイン部分でジェシー・ディクソン・シンガーズをコーラスに従え、ほとんど神への誓いのように自分の心構えを歌い上げる。つまり、「自分は神の教えを理解したつもりになり、それをおこがましくも人に広げて押し付けようとなんて思っているわけではない(この辺はアメリカ大統領初め戦争を主導する人たちに対する揶揄がこめられてると感じられる)。」そしてこのあとのフレーズが非常に重要だ。

I want to rid my heart of envy
and cleanse my soul of rage before I'm through

"my heart"とか"my soul"とある通り、彼が目指すのはあくまで自らの魂の浄化なのであって、世の中とか大衆に向かって何かを働きかけようなんて思っていないのだ。それでいい、そう思っているのだ。

大変な時代だってことは、誰もがわかっている。だが、

The thing is, what are you gonna do?
要は、いったい貴方ならどうする?ってことだ

人はいろいろな行動パターンをとるだろう。だが結局耐えられる限界を超えると、人は祈ることに逃げてしまう。だけど自分のやるべきことは、自分自身の心から嫉妬心をなくし、怒りを取り除くことだ。リフレインがもう一度繰り返されて、曲はエンディングの一幕を迎える。おそろしく冷酷な情景描写だ。

物語の語り手が高潔な誓いを神に立てた後に、登場するのはおそらく戦争下にある地域にいる母親だ。

A mother murmurs in twilight sleep
And draws her babies closer.
With hush-a-byes for sleepy eyes,
And kisses on the shoulder.
To drive away despair
She says a wartime prayer.

この母親は子供を救わなくてはという焦りと恐怖の中で、一方でかたく子供を抱き寄せてキスをしながら、寝かしつけると『戦時下の祈り』を捧げるのだ。この祈りは狂気の象徴である。しかし、人を狂気に追い込むのが現実に起きている戦争なのである。

Wartime Prayerはそんな戦時下の狂気を静かに、しかし力強く警告している。





posted by yossie at 01:24 | 東京 ☔ | コメント(7) | トラックバック(0) | Simon&Garfunkel
この記事へのコメント
キタ━━(゚∀゚)━━!!

そうかそうか、「また平和が来ますように」というような祈りじゃなくって、「アメリカに死を」風のそれなのですねー。

Wartime prayers, wartime prayersと繰り返すとこをなんで憎々しく歌っているのか、わかりました。
Posted by こうもり at 2006年06月09日 20:50
平時の祈りは愛を、戦時の祈りは平和を求めます、みたいな歌か?と思っていたので、また鼻腔の奥にツーンと来てます・・・。
Posted by こうもり at 2006年06月09日 20:54
うん、僕が解釈する限りはそうですね。こういう解釈になるのに決め手になるのは、

we wrap our selves in prayer

という文章。これは現実逃避なんだと思います。wrapには包み込んで隠すという意味があって、耐えがたい苦痛にあったときに人は祈りの中に隠れてしまう、というふうにとることができます。

この曲では、冷静に考えられる状況にある人が知恵をもって考えを述べる場面(今のアメリカにかけているとポールが思っているであろう姿)と、実際に戦時下にあってそんな余裕もなくうろたえ、狂気に陥る場面を対比していて、いかに戦争が人をおかしくするものかを訴える、一風代わった反戦歌なのだと思います。

だから、

>、「アメリカに死を」風のそれなのですねー。

というよりは、アメリカ人を憎しみに駆り立てるような戦争状態はおかしい、ほんとうに悲しいことだと嘆いているのでしょう。たぶんアメリカを責めていたりテロ組織を責めているのではないと思います。ただ、こういう恐ろしい状況に人を陥れる戦争はあってはならないんだと。そういってるように思います。


Posted by yossie at 2006年06月10日 00:43
子供への自然な愛情にあふれた母親の祈りは、まあ「アメリカに死を」ではないですよね(笑)

では、何と祈っているだろうかと。

紛争地域で悲惨な境遇にある母子、彼女に「祈りは現実逃避」と言いたいわけでは、ないと思います。

「この子が平和な明日を生きられますように」とか、そういうまっとうなことを祈っているだろうと。

この母子を、同情をもって歌っていると思うんですね。こっちのがマトモな祈りじゃないかと。
Posted by こうもり at 2006年06月10日 04:04
だから、きっとWartime Prayerは歌の場面にそれぞれ応じた内容を持っているのだと思います。

紛争を拡大するだけの憎しみを込めたアジテーションと、かたや扮装の犠牲者である無力な母子が口にする祈りと。
Posted by こうもり at 2006年06月10日 04:44
Yossieさんの丁寧な解説を拝見していて、最初に持っていたイメージとずいぶん変わった印象を持つようになりました。

>ジョージ・ブッシュ政権下の右翼化したアメリカを背景に生まれている。Wartime Prayerはそんな戦時下の狂気を静かに、しかし力強く警告している。

イラク空爆の前に書かれたと言ってましたね。僕が思ったのは、「時の流れに」で、最初は「恋狂い」を意味するCrazyが、最後には「狂気」という意味に摩り替わっている、あの感じをこの歌のPrayerという言葉にも感じたことなんです。

戦時下にあっては、「祈り」すら憎悪、偏見、狂気に裏付けられたものでしかない。人々は、そんな祈りに逃げ込んで真実を見ようとはしない。自分も、またそんな人々の一人なのだ。ポールはミュージシャンとして、また一人の市井のアメリカ市民として歌ってるような印象を持ちました。

Sound Of Silenceの「人々は額づき祈る。自ら作ったネオンの神に」という一節とダブりません?

>サイレント・マジョリティはブッシュを支持していたわけ。そのアメリカを憂いた一文がこれなのだろう。

よく軍部が暴走して戦争が起こったなんて言う人がいますが、そんなことあり得ないんですよね。イラク戦争だって、米軍が暴走したから起こったわけじゃない。ほとんどのアメリカ国民が支持し、議会でも承認を得たからなんです。軍部が暴走しただけで戦争が起きるはずが無い。

ポールは9.11の時に「行き先のわからない列車に乗ってるような物で、本当に大事な情報が伝わってないから、何もわからないんだ」とコメントしてましたが、この現実は政治や国家間の利権争いだけではない。我々にも責任があるんだと言いたいのでしょうか?

>しかし、人を狂気に追い込むのが現実に起きている戦争なのである。

ポールの怒り、恐怖、不安はアメリカだけでなく、テロすら神の意思と公言して憚らない中東にも、すべてに向けられていると思います。

魂の浄化とは、自分の中の矛盾した感情とちゃんと向き合うということではないのか?

Yossieさんの解説に比べれば、あまりに稚拙な意見ですが、拝見してて、そんなことを思いました。恐ろしい歌だと思います。
Posted by ひろみつ at 2006年06月10日 13:14
>この母子を、同情をもって歌っていると思うんですね。こっちのがマトモな祈りじゃないかと。

そうです。そのとおり。
国と国との戦争の中で、無力におびえる母がいる。祈りを行うことしかできないけれど、それに懸命にすがっている。

そういう描写を持って、戦争の冷酷さを描いているのが、一点。もうひとつは

>本当に大事な情報が伝わってないから、何もわからないんだ

ということ。追い込まれた人々は狂言や嘘にでも聴き入ってしまう。そのような状況を利用して情報をコントロールしたり、扇動したりする人たちがいるということを言いたいのかな。

だからそういう曲げられた情報ではなくて、

>魂の浄化とは、自分の中の矛盾した感情とちゃんと向き合うということではないのか?

とひろみつさんのおっしゃるとおり、浄化された魂で、愛の対話を持って物事を考えることの重要性が生じるのでしょう。

うん、だんだんディスカッションでわかってきましたね(*゚ー゚)

Posted by yossie at 2006年06月10日 22:59
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