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2005年07月01日

Hearts and Bones その1

ああ、とうとう書き始めてしまった。このアルバムについて書くということは正直言って、収拾のつかないことになるのが目に見えているのです。大好きなアルバムなんだけど、それを説明しようとするとどんなに言葉を尽くしても言い表せないようなもどかしさ。

この作品をとらえどころのない美しい作品だと思います。いろいろな要素が入り混じっていて、どうやらひとつの世界観を作り上げているんだけど、おそらく意図的に配置された不安定要素が「とらえどころがない」と思わせるのかもしれません。

そのうちのひとつがジャケットデザイン。これがメキシコの原風景を描いたパステル画だったら、あるいはニューヨーク郊外の平和な風景だったら、何の抵抗もなくアルバム全体の印象を統一していたと思います。それが、ここに映っているのはモニターに写しだされた荒い画像のポール・サイモン。グローサリーストアの中のような背景とともに減色されて、そこには黒・赤・青・黄色しかない。モニターを通して写すことで表された虚構性、原色のみで描かれる日常の非日常・非現実性。こんなイメージがジャケットから伝わってきます。

ちなみに僕はWPCP-3975という型番のワーナー・パイオニアの日本版CDをずっと聴いていて、最近になってリマスターされた米版を買ったんですが、よくみると表ジャケットの写真の大きさが違うんですよね。一番広い範囲が収められているのがリマスター版のブックレットの表表紙の写真。日本版ではポールの右手は途中までしか映ってなかったけど、今回のリマスター版でどうやら何か持ってるらしいというのが分かった。これをデザインしたJeri McManusという人は、マドンナやマイケル・マクドナルドらのジャケットを数多くデザインしていて、音楽業界では有名な人のようですね。

アルバムの冒頭を飾るのはAllergiesで、とにかく病的で救いのない歌詞に初期S&G時代のポールを感じてしまう。だけど、リズムセクションがかっこいい。これを叩いてるときのスティーヴ・ガッドの雄姿が見てみたいな。僕はこの歌のポールのボーカルに生の叫びが聞こえます。とくに「僕みたいな人間は、よくなることはあっても絶対に完治はしないんだ!」って叫ぶ声の微妙な声の揺らぎ方。後半はアル・ディ・メオラなる人のエレキ・ギターの独壇場になってしまう(実際すごくかっこいい)。

いったいどうなってしまうんだろうという不安感を植えつけられたあとで、それを覆すかのように心安らぐアコースティックギターの響きが始まります。

Heats and Bonesはアコースティックギターの美しさにばかり目が行きがちだけど、すべての音が美しく、それぞれに物語を語っているような曲です。左チャンネルから聞こえてくるメインギターがポール。これが屋台骨だけど、右チャンネルから聞こえてくるギターも味付けをしていて、感情の起伏を静かに表現している感じ。控えめのパーカッションはただ地道に時間の経過を刻む。美しいバックボーカルもすべてポール。

明らかに自伝的な歌だけど、そこに描かれるカップルを通して、ポールの劣等感がひしひしと感じられる。強く衝動的な女性(「夜通し車で走ってメキシコで目が覚めたっていいじゃない?」)と、いつも迷いながらうろうろする男性「メキシコのことなんて分からないし…このままの愛しかたじゃだめなのかい?」)の物語。そして失敗の様相を呈する結婚生活と修復しようとする努力。実はこのパターンは最新作のユー・アー・ザ・ワンでの「愛しのロレイン」と全く同じなんですよね。

風景描写と言葉の使い方がとても美しい。砂漠にかかる虹、愛の描く弧、髪をなでる動き、人の心と骨。

再び軽快なナンバー。というか、いったいなんだこれは?というWhen Numbers Get Seriousです。最初はこんな歌を入れるなよ〜と頭に来たんですが、よくよく聴いてみると、なんだかジョン・レノンの歌作り(たとえばザ・ビートルズHappiness is a Warm Gunみたいな)に似ていて、いつもまとまった曲作りをするポールにしては、ずいぶんと天才芸術家っぽい曲だということに気づきます。今では聴くと鳥肌が立つぐらい。スネアドラム一発で前奏終わり、っていうのもビートルズっぽい。アンソニー・ジャクソンのベース好きかも。

前半は畳み掛けるようなリズムにのって「数字」について歌っていく。ずいぶんとひどい言葉遊びの歌だと思っていると、どうも「数字で表されるのが正しいことなのか、それとも必ずしもそうでないのか分からないけど、数字がすべてじゃないよ!でもそれが説明できないんだよ!だから気をつけて!」ということが言いたいらしい。そして突然演奏がヒートダウンしてテンポを落とし、ささやかれる愛の言葉。いきなりワンバースだけ普通のラブソングになる。「僕を君で包んでほしい…。君を言い表せないくらい愛するよ。僕を信じてほしい。」ところがここにも「言い表せないくらい(innumerably=数えられない)」とか「信じる(count=数える)」など、数字にまつわる言葉が忍び込んできます。

そういう言葉が忍び込んでくるにしたがって再びビートが盛り上がり、さっきまでの真剣さが失せたように(まるでマインドコントロールを受けているように)演奏が元のペースに戻ります。

かと思ったら、また突然、今度は三拍子に変わり、突如としてものすごい終焉を迎えます。どうなるかというと、いきなり数字がどんどん減っていく。どこに行くのか?どうやらどこかに帰るらしい。4が3に、3が2に、そして2が1に。こんなぶっ飛んだ歌をよく考えるもんだと思います。

だめだ。
とても終わりません。
次回続きを書きます。たぶん。





posted by yossie at 02:38 | 東京 🌁 | コメント(2) | トラックバック(0) | Simon&Garfunkel
この記事へのコメント
当時、かなり深刻なスランプから抜けつつあったポールの精神状態やキャリーフィッシャーとのギクシャクした恋愛模様が如実に表れていて、そういう意味では生々しく、赤裸々な作品ですがその一方で鎮痛剤のような側面も持ったアルバムだなと思います。しばらく聞けなかったポールのギターが比較的前面に出てるという点では嬉しいアルバム。当時の精神状態を反映してか、散漫な印象はあるけど、僕は好きです。正直な人だなと思いますね。

Allergiesは、そのラテン風のアレンジといい、歌詞の内容といいMrs.Robinsonの続編みたいな曲で、最初は「なにこれ?」と思ったけど、聞き込んでいくと、まさしくポールサイモンそのものの作品で、いまでは大好きです。トップにこういう曲を持ってくるあたり、相変わらずの「つかみ」の上手いオヤジやなと思います。

また忘れてならないのが、途中からアートが加わってS&Gの新作となる予定だったのに結局失敗したという事実で、最終的にアートのボーカルを消してしまったんですが、アルバムの随所で聞かれるポールの多重録音によるハーモニーアレンジを聞いていると、まさにアートがやりそうな、アートのボーカルが聞こえてきそうなアレンジになってることが皮肉だなと思います。

80年代前半のポールが自分で自分に精神分析してるようなアルバムですね。裸のポールが剥き出しでそこにいるような生々しさも感じるし、ヒリヒリとした痛みに満ちていて、鋭さと柔らかさが混在していて、でも不思議な安らぎと優しさをも併せ持った隠れた秀作だと思います。
Posted by ひろみつ at 2005年07月01日 11:19
ひろみつさん、コメント毎度ありがとうございます。おっしゃること、まさにその通りだと思います。

実はこの記事を書くに当たって、あえてS&Gと切り離して書いてみました。S&Gのアルバムになるはずだった作品というレビューがかなり多いので、そういう風にしたくないなと思って。でも、残像がすごく残ってますよね。
Posted by yossie at 2005年07月10日 14:25
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