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2005年09月07日

マトリックス

中学校2年生のとき学習塾で赤いチョークをとって黒板に書き込もうと思ったときに、ふと考えました。このチョークは赤、というにはちょっとピンクに近いが、これは赤といってよいのだろうか?いやまてよ、信号で青と言うがあれは実際には緑に近いけど、みんな気にせずに青といってるから、まあいいのかな。そのあと席に戻ってもこの反芻はエンドレスで続きました。あのチョークの色を言い表すのになんと表現すればいいのだろうか。りんごと桃が混ざったような?そういったらみんな分かるかな。

しかしそのときはたと気づいたのです。ひょっとしてこのチョークの色って人によって見え方がばらばらかもしれない。つまり犬が人間と同じようには見えなくてどちらかと言うと白黒に近い色に見えているという話を聞いた事があったので、ひょっとすると人もそれぞれ違う目で見ているのだから違う色に見えていたとしても不思議ではないのです。りんごの色はだれでも「赤」と表現する。が、「赤」といっても別の人にとっては自分にとっての橙色が赤なのかもしれない。ただそれをさして「赤」と言うのが習慣となっているから、実際には人それぞれ違う色に見えているのに、それに気づかずに「赤だね」と表現しているのでは?いやぁ、人間の認知度なんてあいまいなもんだなぁ。それなら物の形だって人によって見え方が違ったりして。

ところがここにいたって大変なことに気がつきました。いやまてよ。それどころかこのチョークというのは確かに見えているけれどひょっとして存在すらしないのでは?みんな使っているつもりでいるけれど、手に触れているという感触は単なる脳のいたずらでそのように知覚されるだけで、もともと存在などしないのでは?でも脳なんていう物体も人間の創造の産物であるとしたら、「意識」だけがこの世に存在するのか?そうか、人間社会っていうのは、結局「意識」だけがたださまよってバーチャルな世界を現実のように楽しんでいる世界なんだなぁ。・・・ん?まてよ?社会といったが、他の意識というのは実在するのか?これも想像の産物・・・。自分ひとりだけの世界・・・

あとから本を読んでこれが「我思う、故に我あり」という哲学思想に当たるという事を知ったのですが、最近という映画を久しぶりに見直してみてちょっと中学生時代の恐怖の想像を思い出しました。




posted by yossie at 18:33 | 東京 ☀ | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
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