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2005年07月18日

2004.6.9

悲鳴とも歓声ともとれるその女子高生の嬌声にふと気がつくと飛行機は離陸していた。それまで一体自分が何を考えていたのかさっぱり覚えていない。今にして思えば彼女たちはもっと幼く見えるから、ひょっとすると中学3年生の卒業旅行かもしれない。成田からロンドンへの直行便。そこに約80名程度の女子生徒が制服姿のまま飛行機に乗り込んでいた。卒業旅行でロンドンまでいけるなんて、平和な時代になったもんだと思う。が、その野放図な立ち居振舞いは直してから参加させるべきではないかと、引率の教師を責めたくなる。とにかくうるさい。大声でのおしゃべりは消灯されても続くし、少しでも飛行機がゆれようものなら悲鳴が上がる。

 なにがそんなに怖くて悲鳴を上げるのかとふと考えた。ジェットコースターであげる悲鳴と一緒なのだろうか?ひょっとして、飛行機が落ちるのが怖い?きっとそうなんだろう。まだ若いし。でも私は全くそれが怖くない。別に飛行機が落ちてもそれはそれで構わないし、そういう境地に達すれば逆に怖いものが全くなくなる。だいたい苦しい現世から逃れるためなら飛行機事故というのはもっとも人に迷惑をかけない死に方なのではないか?ならば何がそんなに怖いというのだろう。

 ・・・と、そこまで悪趣味な思考の連鎖が続いたところで、再びの悲鳴に現実に引き戻された。まだロンドンまでは8時間以上ある。映画見る気も本を読む気にもなれなかった私は席のTVセットで音楽プログラムを選択して暇をつぶすことにした。ANAのプログラムでベストヒットUSAという番組がある。80年代以降のMTVをそのまま小林克也のナレーションで流しているような番組で、Don HenryのEnd of The InnocenceにつづいてEric ClaptonのTears in Heavenのビデオが流された。この曲はClaptonの実の息子がツアー中にビルから転落死した悲しみを歌った曲である。自分は決して天国にいることは出来ないけど、いつの日か会うひまで覚えていてくれよ、それまで自分も頑張るから。という思いを最小限の楽器の伴奏で歌い上げる曲である。楽器の中でもパーカッションが効果的に使われていて、これを叩いているのはイギリスの大御所パーカッショニスト、Ray Cooperである。最近ではElton JohnやGeorge Harrsionらのバックでやはりパーカッションを叩いていて、エリザベス女王の即位50周年記念POPコンサートでもPhil Collins らとともにパーカッションを叩いていた。 このTears in Heavenのビデオの中でも彼は決して目立つことなく、しかしひたむきにパーカッションを叩いていた。それが実に効果的に、Claptonのギターとボーカルを引き立てていて、感動的な演奏を生み出していた。こういう演奏を見ていると、音楽の持つ力を実感する。こういう音楽を作れるようになりたいなと思うとともに、かわいい盛りの息子を失いながらもひたむきに音楽を続けるClaptonにも共感を覚えたのである。

 ヒースローに到着するとRoyが出迎えてくれた。ロンドンを訪問するのはほぼ1年ぶりのため、訪問をおろそかにしていたという多少後ろめたさがあったものの、Royはその人懐っこい笑顔で迎えてくれた。だがやはり現地法人を日本人一人で切り盛りしているプレッシャーは相当なものらしく、苦労話は尽きない。それでも出張者に対するもてなしは優しく、ついた初日からフルアテンドをしてくれた。夕食をどうするかという話になり、
「今日さ、行きたいすし屋があるんだけど、日本食でもいい?」とRoyが言うので、
「もちろんですよ。いいところがあるんですか?」
「そう、洋楽ファンの親父がいるすし屋があって、そいつにDVDを借りてるもんだから、ついでに今日返しに行きたいんだよ。」

 実際に行ってみると、その日本料理店はロンドン中心部に程近く、レストランとしては高級の部類に入ると思われた。ここがロンドンということを忘れるぐらいネタが新鮮で豊富であり、あじに関して言えば文句のつけようがない。更に楽しいことにはマスターが洋画ロックファンで、我々2人と趣味が合うため、しばしロック音楽談義で話が弾んだ。それにしてもまるでたこ八郎のようなルックスではちまきを締めた50過ぎのこてこて日本人の板さんが、「イーグルスの The Last Resortっていいよね」などと話されるとかなり違和感がある。それでもこの人は相当こういう話題には詳しかった。
 一時間ほどたったころだろうか、話題が突然Ray Cooperの話になった。ちょうどその人を来る途中の飛行機のビデオで見たよ、というと、
「へえ。実はこの店にたまに来るんだよ。」
と言い出した。なんでもRoyも以前この店で彼を見かけたことがあるらしく、
「いや、すごい存在感だったよ。」
そこで、
「ひょっとしてここで粘ってたら会えたりして。最近DVDで彼を良く見かけますよね。George Harrisonの追悼コンサートとか、Elton Johnの東欧でのコンサートだとか・・・」と言うと、マスターは
「うん、今日あたり来るかもよ。」
などと言う。その一言に色めき立った2人は、それから2時間も粘っていた。ゆーっくり食事をして、飲み物や寿司をもうこれ以上腹に入らないくせに注文したりしていた。だがいっこうにCooper氏は現れなかった。さすがにこれ以上はおなかをこわしそうだったので、仕方なく勘定をしてもらって、最後のあがりを頼むことになった。そのとき、いきなりマスターが、
「あぁ、Cooperさん、いらっしゃい。」
と大きな声を出したのである。

振り向いてみると、スキンヘッドに黒ぶちのめがねをかけ、履き古したジーンズと皮ジャンに身を包んだ大男が微笑みながら扉をくぐって入って来たところだった。まさにテレビで見るままの、Ray Cooperだった。Royと私は顔を見合わせた。彼は席を案内されるまで私たちのすぐ後ろの待合席に腰を下ろした。もう後ろが気になってしょうがなく、 2人はちらちらと振り返りながらぎこちなくお茶をすすっていた。そんな雰囲気を察してか、マスターが紹介をしてくれた。そんな世界的な大スターと話すことになるとは思っていなかったので、向き合って握手するものの、一体何をしゃべっていいのか分からない。彼は大物なのだがかなりの紳士で、にっこり微笑むとまず頭を下げ、そして
「お会いできて嬉しいです」
と言ってきた。それはこっちの台詞である。舞い上がったRoyは
「あなたの大ファンです」
などととってつけた言葉を返し、私にいたっては
「音楽を信じています」
などと、おおたわけもはなはだしい馬鹿げた台詞を言ってのけた。あとから考えてみると非常に恥ずかしい話だ。そんな絵に描いたようなミーハーな素人2人を相手に、Cooper氏は「それは素晴らしいですね」とにっこりと笑ってくれた。あまり邪魔をするのも悪いので少し音楽話をしたあと、「お会いできて光栄でした」とだけ言って席に戻ると、カウンターの端に座ったCooper氏は我々2人に一杯おごってくれた。ここでもバカ日本人ぶりを発揮した2人は、日常では決してしないはずなのに手を合わせて仏教徒のように感謝の意を表した。そして彼も同じ仕草を返すと「カンパイ」と言ってグラスを上げたのである。

「なんでデジカメを持ってなかったんだよ。」
後日、Royは私を責めた。
「だってまさかこんなことになるなんて思わないでしょう?普段から写真なんて滅多にとらないんだから、食事するだけでわざわざ持ってこないですよ。」
そう答えたものの、おそらく私はカメラを持っていたとしても写真をとるなんて事はしなかっただろうと思う。私はいつだって見たものを心のメモリーに焼き付けるタイプだ。結局写真に収めたところでそのときの感動は決してよみがえってこない。そればかりかあとから見ることによってそのときの気分によって解釈が変わってきてしまう。あとから何回も見ることによってそのときの強烈な感動はやがて薄れてしまうのだ。むしろそのときの感動は自分の胸に焼き付けておいて、その思いを大事にしていたほうがよっぽど記念になる。それをずっと大事にしておこうと思う。

「おれたちゃ情けないよな。あんなに舞い上がっちゃうなんてさ。」
Royは言う。車はアビーロードに差し掛かっていた。ここの横断歩道はビートルズが最後のアルバム「Abby Road」のカバー写真をとった所だ。絶えず観光客がビートルズのまねをして横断歩道をわたって写真を取り巻くっている。Royは、
「写真を撮ってやるから、そこ歩いてみろよ」
と言ってきた。私は、
「いや、やめておきます」
と答えた。




posted by yossie at 14:27 | 東京 ☀ | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
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